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2012-05-18

二日目 会津武家屋敷にて

二日目は、会津武家屋敷→福島県立博物館→猪苗代湖の会津民族館→野口英世記念館に行きました!

あ。
1日目も記載はしませんでしたがね、白虎隊記念館・会津町方伝承館・会津若松駅にもいってましてね。
結構目一杯スケジュールなのですよ。


さて。
そんな二日目。

宿から車で5分の、会津武家屋敷に行きましたよ!



ところで武家屋敷って何??って方が多いと思いますので、チラッとご紹介すると…


家老ってのは藩の実務責任者で、各藩には家老って4~5人いて藩を動かしてたんですよ。
その家老の1人、西郷頼母の屋敷を再現したのが武家屋敷なんだけど、4~5人いる家老のうちなんで西郷邸が再現されたのかってのは、敷地内に精米所があったり他家よりも立派立ったからなんだとおもうんだけど、西郷家と言えば悲劇があった場所でもあるけど、どそれは後で……


では中に入ってみましょう!

っつっても、庭側から中を見るだけなんですがね…




つか、これが見取図だけど普通にデカイ!

入口で渡された案内図を見て回るんだけど、部屋数38!

屋敷の役割を4つにわけると、藩主や重役だけしか使用しない区画、役人や警護等の仕事をする区画、家族が生活する区画、使用人の区画(炊事場含)…の他に精米所や陣屋(代官所)、茶室とかあるんですよ!

なので、まぁデカイ!


さて。
では、お成りの間から進んで参りましょう!



他よりも床がちょっと高くなかっている場所は、主君が利用する御部屋でございますよ。

本陣もそうだったけど、主は別格扱いな時代でした。



この役人室…分かりにくいけど、廊下と室内の段差があまり無いのわかります?

ちなみに身分の違いは部屋だけではなくて、家の入口も違うんですよ。(写真は無い!)



警護の詰所。
普通の部屋と隣接…




家族の部屋は庭が見事でした!
が…
この場所で悲劇がありました。


白虎隊は、敗けを知る前に城下町の炎上を落城と思ってしまい、自害に至ったのですが、西郷一族は会津が負けたと知ると、敵(この時は薩摩藩)の辱しめを受ける位なら…と、この場所で自害したのです。

その数21名。

その自害した部屋に薩摩藩が行くのだけれど、10代の少女が死にきれずに息も絶え絶えに言った言葉。

『味方か?』

薩摩藩が『味方だ』と答えると『敵の手にかかって死ぬのは恥。介錯を頼む』
と、最期まで会津藩の誇りを守り、薩摩藩士は泣く泣く介錯をしたのです…。


白虎隊といい、西郷家の娘といい…

おっちゃん…ちょっと泣いちゃったよ!!!


建物巡りは続きます。




東北一の精米所!
水車の大きさで規模が判るかと思いますが、まぁデカイわ水量半端ないわ。




台所もデカイ!

この空間が隣にもあるので西郷家は凄い家老ただったのが判ります!
(ちなみに台所の一部は売店です!)




こちらはお付きの方の待機場所。

昔は偉い人は1人で出歩かなかったから、お付きの方はこういった小部屋で待機してたんですね~。


こういった歴史に触れて思うのは、松平容保が京都守護職を受けなかったら…薩摩に勝っていたら…と思わずにいられないのですよ!

そしたら、かなり日本は違う国になっていただろうけど。


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プロフィール

ぴよこ太郎

Author:ぴよこ太郎
本職は某設備管理で現場作業に従事ています。
休みの日は『ぴよこ堂』の屋号でぴよこ太郎って名乗って帽子を作っていたんだけど、色々あって製作は停止中。

かわりに?ロードバイク始めます!

そんなバタバタな日々のぐうたら日記です。

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